2012年7月14日土曜日

Let it be   <きらめく星座 9>



            アルフレッド・シスレー「ヴィルヌーヴ・ラ・ガレンヌ」 
         1872年 カンヴァス 油彩 59.2×80cm エルミタージュ美術館 

ベージュやブラウン、ブルーやグリーン。大きく分けるとこの二種類の色彩が、あるときに強く、別なときには緩やかにコントラストを響かせている。

手前のセーヌ河の中洲、リル=サン=ドニ(サン=ドニ島)の地面ではベージュやブラウンとブルーやグリーンとが木漏れ日効果になって描かれている。
その上のセーヌ河のブルー、土手のイエロー・グリーンにはところどころにベージュが加えられて、さらに上の向こう岸の道路と家並みにつながっていく。


中州の島、リル=サン=ドニからパリ北方のサン=ドニ大聖堂の方ではなくて、反対のヴィルヌーヴ・ラ・ガレンヌの街の方を見ているのだろう。このシーンの左側にリル=サン=ドニ橋があることになる。

道路と家並みは河や土手とは反対にベージュやブラウンを主にして、グリーンやブルーが散りばめられている。もっとも上方の空は手前の逆光の暗いグリーンの葉裏や暗いブラウンの木の幹に呼応している。

河のボートに人の気配が感じられる。土手の上の道路にはパラソルの婦人など何人かの人も見える。
モーパッサンの短編小説や、ルノワールがこの近くのラ・グルヌイエールとかシャトゥーなどのセーヌ河で描いた絵画に見られるようなはなやいだ人のざわめきはない。

手前のリル=サン=ドニからセーヌ河、土手、道路と家並み、そして空とつづく水平のフリーズ状の構図は空間を左右に広げながら、緩やかに後退する奥行きをつくっている。奥行きは空でリル=サン=ドニの木や葉と混ざりあって再び緩やかに前進してくる。
家並みの明るいブラウンは木の幹の暗いブラウンに呼びかけているかのようだ。

風景は人の眼差しという文脈のなかでだけ中心をもつ。
「ヴィルヌーヴ・ラ・ガレンヌ」での中心のない分散された空間は、どんな風景も本来そうであるように「Let it be(そのままで)」と広がっていく。
そこに、人は束の間、佇んだり住みこんだりするだけだ。
シスレーのこの絵画は見ているわたしをリル=サン=ドニの木陰に誘いこんで、肩の力を抜くように語りかける。「Let it be」。

しばしば指摘されてきたような温和な風景ではない。
左右上下と手前と奥に、大気と光が緩やかに息づく透明な空間が広がりながらわずかに深まっていく。
日進月歩の「変化」が価値をもち始めた時代。「変化」の価値感を受け入れた「Let it be」。とても力強い肯定のつぶやきではないだろうか。

少し前に描かれたクロード・モネの絵画の呼吸とはかなり違っている。

           クロード・モネ「河」 1869年

当然もっと違っている高橋由一を想いおこすのは無意味なことだろうか。

           高橋由一 真崎稲荷の景 1872年ごろ

*この文は、人形町ヴィジョンズで開催中の「きらめく星座」展の出品作品の一つです。展覧会会期終了の7月21日まで毎日更新予定です。
人形町ヴィジョンズ http://visions.jp/


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