2015年3月10日火曜日

絵画のテイスト ルイ・ヴィトン財団コレクション展、「FACE2015」展 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館


第三十五回 絵画のテイスト

ルイ・ヴィトン財団コレクション展
「FACE 2015」展 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館


パリの郊外、ブローニュの森にあるルイ・ヴィトン財団で、美術作品コレクションが昨年10月から1年間、3期にわたって展示されるとのことだ。

ネットで第一期に展示された作品リストを見た。ボルタンスキーやリヒターなどと一緒に、ベルトラン・ラヴィエの名前がでていた。
いまから、もう30年前の1985年、西武美術館で開催された「フランス現代美術展—空間のなかの12人」でラヴィエの作品を見たことがある。鏡や冷蔵庫に白い絵具をペイントした「絵画」だった。鏡でありながら「鏡の絵画」、冷蔵庫なのに「冷蔵庫の絵画」といった趣だ。

                                               ベルトラン・ラヴィエ「絵画」   

いうまでもなく、ジャスパー・ジョーンズの「旗」のコンセプトに似ている。「旗」は現実の旗として機能すると同時に「絵具で描かれた絵画としての旗」でもあった。描かれた「旗」がコピーではなく「本物」、言い換えると、イメージとしての「旗」が同時に物体としての「旗」にもなっていた。
絵画は何ものかのコピー、あるいは類似物であることを宿命として背負ってきた。絵画をコピーではなくて自律的な本物のオブジェにしたいと願ってきたアーティストの長年の願望が、コロンブスの卵的に「旗」で達成されていたというわけだ。

ジョーンズの「旗」は日常的な現実から離れて「純粋視覚」の世界で自律してしまった「聖なる」絵画が、再び「俗なる」日常的現実に結びつけられていることによる新鮮な衝撃があった。
ラヴィエはジョーンズのコンセプトを応用してはいるものの、かなり異なったテイストだ。ラヴィエはジョーンズのように旗のような二次元の「物体=記号」を絵画にしたのではない。三次元の物体である鏡や冷蔵庫にペイントしたのだ。あたかも、「俗なる」現実の日常品を「聖なる」ペインティングによって暴力的に侵犯しているかのようだった。

あるいは、こういってみればわかりやすいだろう。
舞台の上で芝居を演じている役者が、舞台を抜け出して、けれども、舞台の芝居の延長として何の関わりもない家庭を土足で侵犯する。こうしたイメージに近いのがラヴィエの鏡や冷蔵庫だった。
ロシア革命期のロシア・フォルマリズムのオストラネーニエ(異化)の感覚だ。ほっといてほしいのに、だらだらした惰眠から無理矢理目覚めさせられた気分だといったら言い過ぎだろうか。
表現の卑俗性と方法の暴力性がラヴィエの作品が醸しだすテイストだ。
ジョーンズの聖も俗も超越したかのような洗練されたクールなテイストとは正反対ではないか。
ラヴィエが1980年代のシミュレーショニズムやネオ・ポップを彩るフランスのアーティストの一人として認識されるのはこうした理由からだ。

ルイ・ヴィトン財団の展示でのラヴィエの作品は「インドの女帝Ⅱ」(2005年)だったようだ。

                               ベルトラン・ラヴィエ 「インドの女帝Ⅱ」(2005年)

当時のアメリカで抽象絵画のチャンピオンと目されていたころのフランク・ステラが、ラヴィエよりもちょうど40年前につくった「インドの女帝Ⅱ」(1965年)が元になっている。
抽象系のミニマル・アートのステラ、形象を用いるポップ・アートのアンディ・ウォーホル。1960年代のアート・シーンはこの二つの軸の周りで展開されていた。だが、背後や奥行きのない平面的な表現、同じモチーフの繰り返しという方法が共通していた。平面性と、繰り返しによって画面全体を一つにしてしまう全体性という点で、見かけは違っていてもとても似ていたのだった。

フランク・ステラ「インドの女帝Ⅱ」(1965年)

ステラはシリーズで作品を制作していた。「インドの女帝Ⅱ」は繰り返されるストライプによるVシーズの一つだ。複数の色と形を組み合わせながら、絵画の全体に前や後といった空間的な差をつけず、全体が一つの物体に近い現れをすることが重要なポイントだった。近似した色彩、V字型のストライプの繰り返し。ステラの「インドの女帝Ⅱ」は、わたしを、文字通り、画面に釘づけにしたまま左右への目の動きを誘発するばかりだ。
エドゥワール・マネの「オランピア」の前に立つと、わたしの目が画面の上下(奥と手前方向)よりも左右(平面的な横方向)に動かされるのと似ている。「オランピア」が三角形を左右に回転させた感じの構図になっているからなのだ。
それに似て、ステラの「インドの女帝Ⅱ」は、目を決して画面の上下に誘うことはない。横に滑らせる。空間的な奥行きのイリュージョンを感じさせないということだ。
かすかに揺れる水面を見つめているような、あるいは、ほんのわずかな微風に触れているような、見ているだけの静謐な時間が流れていくばかりだ。

ラヴィエがリメイクした「インドの女帝Ⅱ」(2005年)のテイストは正反対だ。ステラは画面の輝きを抑えるためにアルキド絵具を用いて、ストライプを画面の表面にぴったり密着させている。
ラヴィエはステラでのストライプはケバケバしい輝きのネオン管に代えられている。
ネオン管のような卑俗な輝きを作品に持ちこんでもっとも成功したのは、水戸芸術館で個展が開催されたことがあるシミュレーショニズムのジェニー・ホルツアーだ。広告として日常の街頭で使われる電光掲示板で消費社会の人間へのメッセージを掲示したのだった。ホルツアーは見る者への訴求力の強さのために電光掲示板を借用したのだ。
ラヴィエはネオン管を卑俗な束の間的な輝きゆえに使っている。ラヴィエの「インドの女帝Ⅱ」を実際に見たことはない。でも、おそらく、この作品の前に立つと、ステラの静謐な時間のテイストとは逆に、ネオン管のちらつく輝きがもたらす出現と消滅の瞬間的な繰り返しのために、束の間の虚ろな時間の空転を経験することになるだろうと思う。
ステラのストライプがもたらす繰り返しによる全体が一つになった持続感は、ラヴィエのストライプでは繰り返される網膜の残像現象の戯れに代えられている。

東郷青児記念損保ジャパンに本興亜美術館で、新人発掘の「FACE2015」展でグランプリをえた宮里紘規の「WALL」を見たときに、ラヴィエの作品に接したときの気分を想いだした。既視感があるということだ。

宮里紘規 「FACE2015」展「WALL」

とてもわかりやすい作品だ。細く短冊状に裁断された印刷物が130号の画面全体の9割程度を「壁」のようにおおっている。左下の空白に「壁」を見上げるかたちで、後ろ姿の人物がシルエットのように佇んでいる。
ことばで説明するのが簡単な作品だ。だから、わかったという実感をえやすい。作者の意図通りに印刷物=情報の「壁」だとみなせば次のように要約できる。
「壮大で崇高な無限の情報の前に力なく佇む小さなわたし」。
しかも、情報の「壁」は描かれているのではない。印刷物は平面的であっても物体であるには違いない。ところが、カンヴァスという物体は、そこに絵具などが付着させられると、もはや物体ではなく、何らかの空間的イリュージョンが生みだされることが期待される制度的な絵画の場になる。だから、画面に貼つけられた印刷物とカンヴァスは意味の階層が違っている。

宮里紘規の「WALL」には二つの大きな特徴があることを確認しておきたい。
一つは、巨大なものと微細なものとのコントラストだ。
もう一つは、印刷物という物体と、それとは異質な空間の出現が期待されているカンヴァスとの関わりである。

「FACE2015」展で展示されていた「WALL」は、一つ目の巨大なものと微細なものとのコントラストの妙がテイストの決め手になっている。
このタイプはこれまでかなりの例がある。
一番わかりやすのは、ドイツロマン主義のカスパール・ダーフィト・フリードリヒの「海辺の修道僧」だろうか。フリードリヒではこのタイプが定番だ。画面下中央左寄りの浜辺に小さな修道僧が見える。神に似て崇高で無限の自然に対して無力で有限なちっぽけな人間という、当時の西欧ロマン主義風景画にしばしば用いられた構図だ。

カスパール・ダーフィト・フリードリヒ「海辺の修道僧」

クールベも比較的よく描いている。地中海に面したモンペリエ近郊で描いた「パラヴァスの海辺」はどうだろうか。

ギュスターフ・クールベ「パラヴァスの海辺」

広告ではなんといっても川北秀也のころの「いいちこ」をおいてほかにない。

               「いいちこ」 駅ばりポスター

これらを宮里紘規の作品と同じだとみなしてはならない。これらは、イメージとイメージが、大きいと小さいとの関係におかれていた。
宮里紘規はそれを別の方向で展開させている。そこが重要だ。
どういう方向に展開させたのだろうか。
アンゼルム・キーファーの「クーネルスドルフ」がわかりやすい。

アンゼルム・キーファー「クーネルスドルフ」

丘に立つ後ろ姿の小さな人物の写真、それを取り巻く鉛の板。イメージと物体、階層が異なっている。世界を変えるという使命を担っていながら、八方塞がり状態のアーティストとしてのドイツ人、キーファー自身といった設定だ。
空間的なイリュージョンを生じさせている人物がいる写真よりも、空間のない鉛の板の物体感や物質感の方が圧倒的な迫力で見る者に迫ってくる。
ステラのような抽象絵画が明らかにしたのは、絵画は伝統的な空間的イリュージョンではもはやリアリティがないということだった。絵画は空間的イリュージョンを失うに従って物体のような状態に近づいていった。キーファーはそのあたりを巧みにすくいあげて「クーネルスドルフ」に組みこんでいる。

フリードリヒ「雲海の旅人」

周知のように、キーファーの「クーネルスドルフ」は、フリードリヒの「雲海の旅人」を経由して、キーファーにとって画家フリードリヒとともにドイツ精神の英雄である18世紀プロイセンのフリードリヒ大王の記憶につながっている。クーネルスドルフは、1759年8月、ロシア・オーストリア連合軍との戦いに敗れたフリードリヒ大王が四面楚歌の絶体絶命状態になり、地面に剣を突きつけて死ぬ覚悟を決めた丘だ。だが、プロイセンの国と民を背負って窮地に陥ったフリードリヒ大王は、部下プリットヴィッツ中尉の機転で奇跡的に生還する。キーファーは自分を、カスパール・ダーフィト・フリードリヒとフリードリヒ大王とに重ねあわせているのだ。
キーファーは自分にとってのプリットヴィッツ中尉の到来を待ち望んでいるのだ。

キーファーの主題や内容はともかくとして、重要なのは、キーファーの表現方法だ。キーファー自身は、特別に新しい表現方法を編み出してはいない。すでに開発されていた表現方法への着目と、それらの組み合わせ方が興味深い。
鉛の板という空間のない物体と、伝統的な空間的イリュージョンをつくりだしている写真のイメージ。この階層が違う二つを組み合わせることでキーファーの絵画はドラマティックになっている。
「空間のない物体」は抽象絵画がステラのようなミニマル・アートの絵画に逢着する過程でえた方法だ。写真による空間的イリュージョンはそれ以前の伝統的なものと同じだ。
キーファーの絵画は、1970年代から80年代にかけて、おおむねこの階層の違う二つの要素を、文字通り重ねあわせて使っている。本来相いれない近接視と遠隔視、あるいは中心視と周縁視が、同時に、一つになって迫ってくるかのようなテイストといい換えることができる。

「FACE2015」展の宮里紘規の「WALL」は、階層の違う二つの要素、つまりイメージと物体の組み合わせ、近接視と遠隔視、あるいは中心視と周縁視の一体化などの点でキーファーに似ている。
後ろ姿の人物のシルエットを加えた結果、印刷物とは違う曖昧な空間的イリュージョンが生みだされている。このために、ことばにしやすくなっている。ことばにしやすいということは、説明するのが簡単ということだ。注釈を加えていると考えてもいいだろう。
その結果、見る者は階層の違う二つの要素がもたらすイメージの強度を味わうよりも、絵画を説明されているという気分を味わってしまう。
後ろ姿の人物は、フリードリヒ大王の危機を救ったプリットヴィッツ中尉の再来を待ち望んでいるのだろうかと、ふと思った。

その後、わたしは、六本木の国立新美術館で開催されていた美術大学共催の五美大展を見に行った。そこで、再び宮里紘規の「WALL」に出会ったのだ。

宮里紘規  五美大展 「WALL」会場展示光景

サイズもほぼ130号程度で同じだと思う。後ろ姿の人物のシルエットは挿入されていない。こちらの方が「壁」の色が違うし、暗く重いかもしれない。
印刷物のコラージュ部分の不規則多角形は、画面の上、右、下の縁で画面に関わっている。空白の部分は画面全体につながっているように見えてくる。そうすると、印刷物の部分と画面全体はダイナミックに緊張した関係になって現れてくる。

わたしには、どちらかというと、五美大展の「WALL」の方が好みのテイストだ。
これは、わたしに、ルイ・ヴィトン財団の第二期コレクション展示として目下公開されているエルズワース・ケリーの、ハード・エッジといわれたころの絵画を彷彿とさせないわけにはいかなかった。

エルズワース・ケリー  ルイ・ヴィトン財団の展示光景

もっと近似しているケリーの作品もある。
ケリーがパリからニューヨークに帰ってほどない1955年につくったコラージュの作品「ブロードウエイのための習作」だ。

ケリー 「ブロードウエイのための習作」

ここでは、コラージュされた部分は画面全体にかかわって画面を揺り動かしている。だから、画面のなかの一つの形というのではなく、画面全体と一つになったフィールドというのがふさわしい。

宮里紘規の五美大展の「WALL」は、こうして、ケリーのような洗練されたテイストのハード・エッジ・アブストラクションから、さらに遡って、骨太で超越的な精神性のテイストをもって、もっとダイナミックに画面全体にかかわり、強度の高い作品をつくりだした抽象表現主義の、バーネット・ニューマンやクリフォード・スティルの絵画にさえ連なっているのではないかとさえ思わせられる。

けれども、本質的な差異を指摘しておかなくてはならない。
ケリーのコラージュ作品「ブロードウエイのための習作」(1955年)では、赤色のコラージュ部分は画面全体と平面性を維持したまま関わっているので、画面全体を揺れ動かしながら、全体が一挙に現れてくる。すなわち、前と後の空間的関係がおこらないようにフレームとコラージュ部分とに微妙な間をつくるなど繊細な調整がおこなわれているのだ。画面全体が一挙に見る者の視野をとらえる。
だから、視覚的なインパクトが強い。こうした全体性や平面性が20世紀の抽象絵画を展開させるための強迫観念にさえなったのは、わたしたちの知覚認識が全体を一挙に把握するのだとする強い確信があったからだ。

宮里紘規の五美大展の「WALL」はそうではない。
コラージュ部分は画面全体から傾いている。左側や下部に奥まった空間が生まれている。ヨーロッパ中世の聖堂のニッチ(壁龕)のように、立体物を収納するのにふさわしい三次元的な空洞に似た空間だ。
だからこそ、そのニッチのような隙間の空間を埋めるために後ろ姿の人物を挿入してみたい気持ちを抑えることの方がむずかしい。
これらのことからわかるのは、当然のことだが、宮里紘規は、全体を一挙に把握するのだとする知覚認識についての強迫観念からは自由な地点にいるのだということだ。

「FACE2015」展の「WALL」と五美大展の「WALL」とを比べてみると、次のように思うのが自然だ。
「FACE2015」展の「WALL」は、五美大展の「WALL」の注釈として描かれたのではないか。コンペの審査で理解されやすいのは「FACE」展の「WALL」の方だ。具象的な絵画の可能性を探るコンペの場面に、20世紀モダン・アートの本流だった抽象絵画が開発した物体化の方法を援用したところが注目される。
絵画として興味深いのは五美大展の「WALL」だ。画面全体に関わって絵画を成り立たせる方法の取り入れ方が巧みだからだ。
宮里紘規の二つの「WALL」は、わたしたちの時代の日常的で身近な気分を物語的にアレンジしていると感じさせる。
自分を取り巻く状況に激しく屹立するのではなく、ひれ伏すわけではもちろんなく、すべてを理解しながら、それはそれとしてさやかな夢をみるといった、ほんのり甘く、かすかにほろ苦い口当たりのなめらかな気分。それが、二点の「WALL」のテイストだ。

五美大展の「WALL」の前に立ったわたしは、「FACE2015」展の「WALL」のなかの後ろ姿の人物を知らず知らずのうちに演じていたのかもしれない。
だとしたら、わたしは、なんのための、どんなプリットヴィッツ中尉を待ち望むべきだったのだろうか。
(早見堯 はやみ たかし)
※    次の展覧会、その他から取材しました。

2015年2月10日火曜日

ノイズに開かれたオーバーレイなセンス 「クインテットⅡー五つ星の作家たち」展 平体文枝「小さく羽ばたくⅡ」 


第三十四回 ノイズに開かれたオーバーレイなセンス

平体文枝「小さく羽ばたくⅡ」
2013年、油彩、オイルスティック、キャンバス、60×92cm

              平体文枝「小さく羽ばたくⅡ」
  
横浜美術館でホイッスラーの絵画を見た。
1870年代の「ノクターン」シリーズは色調が安定していて、見ていると、静かな気分の震えがおきてくる。

               ホイッスラー「ノクターン」

「ノクターン」(1875-77年 ハンテリアン美術館 グラスゴー大学)は灰色と青緑色が油絵の具を薄く溶いた「ソース」状態で塗られている。海辺の光景なのだろうか。水平線や遠くの岸辺の建物、あるいは海上の舟とその反映らしきイメージが影のように重ねられている。
舟と思われるイメージは水平線に向かって後退する海景(?)に対して、そうした空間とは異質な画面の物理的な表面に位置させられているかのように見える。

ブリジストン美術館や川村記念美術館のモネの「睡蓮の池」の、睡蓮の水面と水面の反映という二つの表面に似ているかもしれない。
重ね描きとかオーバーレイなセンスといっていいだろう。
ホイッスラーの絵画では、さらに、遠くの岸辺と海上に、蛍が舞っているかと錯覚させるほどの黄色い明かりとその反映がゆらめいている。
ジャポニスムと関連づけて語られることが多い、よく知られた「ノクターン:青と金色—オールド・バターシー・ブリッジ」(1872〜73年、テート美術館)でも黄色の斑点は明かりや花火として散りばめられている。

                  ホイッスラー
            「ノクターン:青と金色—オールド・バターシー・ブリッジ」

先の「蛍」や花火をノイズとはいいたくないが、装飾的なアクセントに堕しかねない危うさがある。
画面全体のまとまりを密かに撹乱していると見なされなくもない。
こうした「まとまり」の危うさや、オーバーレイ的に層をなす複数の異質な表面が、おそらくホイッスラーのジャポニスムなのかもしれない。
密かな撹乱やオーバーレイなセンスが興味深い。

視覚的な強度を求めて、視覚の本性にふさわしく、全体を一挙に知覚する「全体性」と「瞬間性」を旨としたのがモダニズムの絵画だ。
立体の地球儀に対する、平面のメルカトル図法による世界地図がモダニズムの絵画の比喩だといえばわかりやすいだろうか。
意外なことに、モダニズムの絵画には「全体性」と「瞬間性」を撹乱するノイズや複合的なオーバーレイの例を発見するのは簡単なことだ。

典型的なのは、モダニズム絵画の鼻祖ともいうべきエドゥワール・マネである。
「オランピア」では、周知のように、黒猫とオランピアが履いたままのサンダルはノイズというよりも、西欧の伝統的なシンボリックなアイコンの機能が流用されている。
黒猫の気まぐれはいうまでもなく、脱いで置かれたサンダルなら聖なる儀式を象徴するのは古代エジプトにも作例がある。履いたままのサンダルはその逆ということになる。
同じマネの「草上の昼食」の左右中央上方のコマドリと左下隅のカエルは、伝統的なシンボルとしては「性愛」を暗示するアイコンだ。
盛期ルネサンスの定番、ピラミッド型の構図の頂点と左下角に配置され、古典主義的なセンスが脱構築的に処理されている。挑発的なノイズではないだろうか。

図像解釈学とかアレゴリー的なアプローチでは理解できないのは「鉄道(サン・ラザールの駅)」の画面右下の一房のぶどうだ。
広重の「名所江戸百景 浅草田圃酉の市」の窓辺にL字型に置かれた手拭いを参照すると、シンボルやアレゴリーとしてではなくて、フォーマルな読解ができる。
「鉄道(サン・ラザールの駅)」の奥行きが閉ざされた平面的な空間で、こちらを見る婦人と向こうを見る少女との記号的な相同物となっていることがわかる。
もちろん、マネのノイズはモダニティのインデックスとして「いま、ここ」を指し示している場合もある。「バルコニー」での、トレンディなアイテムである紙巻タバコや紫陽花、ペットのキャバリエ、扇子などがそうだ。

東郷青児記念・損保ジャパン日本興亜美術館で「クインテットⅡー五つ星の作家たち」展の絵画を見たのは、ホイッスラー展を訪れた後だった。
会場を巡っているうちに、ホイッスラーのノイズやオーバーレイから、先に述べたマネのノイズを想いおこしたのだった。

平体文枝の「小さく羽ばたくⅡ」(2013年)や「地上へⅠ」(2014年)は丁寧に塗り重ねられた絵具の層の上や間に蝶や蝶に似た断片が浮かんでいる。

                   平体文枝「地上へⅠ」2014年 53×41cm

不透明に揺れるかのような表面は、イメージとしての表面は、表面に平行した左右の関係ではダブルネスであると同時に、画面の下層と上層では複数のレイヤーが重なっているように見える。
その結果、映像的になっている。
だから、生成消滅を繰り返す鼓動のような束の間のうつろいがとらえられていると感じさせられる。

わたしは、ホイッスラーの黄色の斑点の「蛍」や花火、明かりとその反映を想いださないわけにはいかなかった。
昨年、惜しくも亡くなった辰野登恵子は自分の絵画について「上を描いて下を引き出す」と語っている。油彩画の伝統的なスカンブリングを意味していた。
別な方向から考えてみよう。
辰野登恵子のスカンブリングの応用は、ロザリンド・クラウスが「主の寝室」で、マックス・エルンストのいわば減算的コラージュ、あるいはオーバー・ペインティングの「主の寝室」をとりあげながらもちだしてきた、フロイトが強く興味をもった「ヴンターブロック」と比較したくなる。
「ヴンターブロック」は、もともと子どもの落書き用の玩具だとされている。
蝋引きされた支持体にかぶせられたシートに尖筆で絵を描き、シートをもちあげて蝋引き板から引き離すと絵は消えたかに思わる。
でも、実際には無意識の記憶のようにそれまでに描かれた絵は蝋引き板に残り続ける。
消去しても残り続けるパソコンの記憶装置のデータを想いおこせばわかりやすい。

目下、ギャラリーαMで展開されている北澤憲昭と和田浩一のキュレーションによる「パランプセスト—重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き」展も、同じような問題を提起していて興味深い。
唐突だが、立体物の上に映像を重ね描きするマッピングは、オーバーレイなセンスを共有している。
複合的な記憶が、「いま、ここで」、イメージとなって再生産されているわけだ。

平体文枝は絵具の層を丁寧に重ねながら下の層の輝きを引き出している。
蝶や蝶に似た断片は層がつくる空間の間にいる場合もある。
けれども、注目したいのは、つくられた空間とは異質な画面の物理的な表面に張りつけられているかのように見える蝶だ。
空間に対するノイズ、つまりもう一つ別の異質な空間を指し示している。
つくられた空間を窓から見える景色に喩えるなら、ノイズの蝶は窓ガラスに張りついた蠅のような存在だ。
画面につくりだされたイリュージョンの空間と物理的な画面の表面とが異質であることに着目したい。

平体文枝の蝶に興味をいだいたのには、わたしなりの理由がある。
「クインテットⅡ」展の前に見たホイッスラーが自分の名前の頭文字のJやM、Wなどを組み合わせたモノグラム的な蝶の「花押」と、平体文枝の蝶が重なったからだ。
ホイッスラーでは、横浜美術館には展示されていなかったが、より鮮明に蝶や蝶の「花押」が描き込まれている絵画がある。
「灰と緑のハーモニー:スィスリー・アレグサンダー」(1872〜73年、テート美術館)だ。はっきり蝶だとわかる「花押」が記されているばかりか、スィスリー嬢の頭や花の上に蝶が描かれている。髪につけたリボンにも蝶がいるようにさえ見えてくる。
わたしは、ホイッスラーにも平体文枝に似た異質な空間のハイブリッドな組み合わせ、すなわちオーバーレイなセンスを感じたのだ。

そのとき、安西冬衛のよく知られた一行詩「春」が、なにげなく、浮上してくることに、わたしは気づかないではいられなかった。

 てふてふが一匹 韃靼海峡を渡って行った

「てふてふ」と「韃靼(だったん)」の音の感じや、蝶の羽ばたきによる温感に対する樺太の間宮海峡の冷感などの異質感と共鳴感は、平体文枝やホイッスラーの蝶や花火、明かりと空間とのズレと和合の感じに似ている。

「クインテットⅡー五つ星の作家たち」展で展示されていた、他の作家もおおむね同じようなセンスを共有していると、わたしには感じられた。
富岡直子の捩じれて広がる反映、岩尾恵都子の色調が変幻する風景とノイズのようなモチーフ、水村綾子の沈んだ色彩のフィールドのせめぎ合いとノイズ的なモチーフ、山本晶の透過しあうサンプリングされた色面と建築モチーフのノイズ性。

 富岡直子「あけぼの」2014年

岩尾恵都子「edo」2003年

水村綾子「残響」2012年

山本晶「soughing」2012年

それらは、ノイズに向かって開かれたオーバーレイな空間のセンスを感じさせるのだ。
あるいは、重なりあう絵画の表面、混ざりあう感覚といってもいいかもしれない。
記憶と現在とが流通し混ざりあいながら、不確かで束の間のとらえがたい感情のうつろいを経験させられた。

わたしは、こうしたセンスは、1980年代のいわゆる新表現主義やニュー・イメージ・ペインティング、わたしなりの用語では「ポスト・アブストラクション」のアンゼルム・キーファーやデイヴィッド・サーレなどの絵画にわかりやすいかたちで展開されていると思っている。
この時期のこうした傾向のアーティストは、おおむね、モダニズムが達成したアブストラクションのアンチ・イリュージョンの平面性や物質性に関わる表現方法を、他のイリュージョニスティックな方法と混ぜ合わせて使っている。それが、固有の特徴だ。

デイビッド・サーレ「テニスン」

サーレの絵画では、グリザイユの裸婦がつくりだすぎこちない空間性と、それに似ていながらも、そこから引き離された、文字やべたっと塗られた絵の具や円、オブジェなどがつくりだす絵画の表面の物理的な物質性という二つの表面が対立し拮抗している。
アブストラクションの方法を流用して、アブストラクションもその一つであるモダニズムの絵画の「全体性」と「瞬間性」を、ハイブリッドな空間へと変容させていたのだった。

いずれにしても、「クインテットⅡー五つ星の作家たち」展の絵画からは、ゆれながらうつろっていく感情の鼓動を経験することができた。
こう書いているうちに、東京国立近代美術館のコレクション、藤島武二の「うつつ」を見た時にいつも想像する、そこに描かれている女子の思いを想いだしてしまった。
なんだか不思議な気分だ。
(はやみ たかし)

※このテキストは次の二つの展覧会から取材しました。
「ホイッスラー」展;横浜美術館 2014年12月6日~2015年3月1日
「クインテットⅡー五つ星の作家たち」展 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 1月10日~2月15日
※ホイッスラーと「クインテットⅡー五つ星の作家たち」展の作品画像は、それぞれ図録から借用しています。