「見ることの誘惑」第四十八回
「身体感覚と空間」
「身体感覚と空間」
水本修二 「空間関係」
高さ約400cm 直径約400cm 耐候性鋼 ステンレス
北海道訓子府町 レクレーション広場(協成)
※東京、青山の「こどもの城」から移転設置
セレモニーで挨拶する水本修二ご子息と展示風景(撮影 伊藤誠)
彫刻は設置場所と深い関わりがある。
ミケランジェロの「ダヴィデ」はフィレンツェ共和国の再出発の決意表明のために、市庁舎ヴェッキオ宮殿前のテラスに置かれなくてはならなかった。
パリで生まれた「自由の女神」は、パリからニューヨークに運ばれて、自由を具体的に実現するアメリカの象徴として啓蒙の灯明を高く掲げて、その地に根づいている。
ミケランジェロの「ダヴィデ」はフィレンツェ共和国の再出発の決意表明のために、市庁舎ヴェッキオ宮殿前のテラスに置かれなくてはならなかった。
パリで生まれた「自由の女神」は、パリからニューヨークに運ばれて、自由を具体的に実現するアメリカの象徴として啓蒙の灯明を高く掲げて、その地に根づいている。
東京、青山の「こどもの城」から生まれ故郷、北海道訓子府町に移転設置された水本修二の記念碑的な彫刻「空間関係」はどうだろうか。
空間を抱きかかえながらやわらかい曲面を描く鋼板。それに、ふわっともたれかかる厚みのある矩形のステンレス板。
曲面と矩形のように、鋼板とステンレス板は、とても対比的だ。光沢のない鋼板に対して光沢のあるステンレス板。暗いグラデーションを漂わせながら空間を巻きこむ鋼板に対して周囲の空間を反映して輝くステンレス板。
二つの関係のあり方が作品のポイントだ。
二つの関係のあり方が作品のポイントだ。
けれども、異質な二つの関係だけ見ていては水本の作品を見たことにはならない。
対比的な二つは、強く自己主張してはいない。むしろ、自分の存在を軽く希薄にして、周囲の空間に融けこんでいる。そうして、二つの物体の存在感や関係よりも、二つが関わって生成している空間を顕在化させている。
対比的な二つは、強く自己主張してはいない。むしろ、自分の存在を軽く希薄にして、周囲の空間に融けこんでいる。そうして、二つの物体の存在感や関係よりも、二つが関わって生成している空間を顕在化させている。
もう一つ注目したいことがある。
重い二種類の鉄が、重さから解き放たれて、さりげなく、置かれているかのようではないか。わたしたちが、作品を見るために立っているのと同じ地面の延長線上、すなわち、わたしたちの日常が営まれているのと同じ場所に作品が置かれているのである。
重い二種類の鉄が、重さから解き放たれて、さりげなく、置かれているかのようではないか。わたしたちが、作品を見るために立っているのと同じ地面の延長線上、すなわち、わたしたちの日常が営まれているのと同じ場所に作品が置かれているのである。
曲面状の鋼板の緩やかな動き、矩形のステンレスのもたれかかりの均衡の危うさ。高さが4メートル程度あるので、動きと均衡の危うさは、見ているわたしたちの身体感覚をダイレクトに刺激する。
水本修二「空間関係」反対方向から(撮影 細井篤)
わたしは、水本の北海道に設置された「空間関係」の画像を見ながら、リチャード・セラの彫刻やジョルジュ・スーラの絵画を想いおこさないわけにはいかなかった。
見ているわたしたちと同じ日常的な場に置かれて、ダイレクトに身体感覚を刺激するのが、リチャード・セラが、1977年、カッセルのドクメンタⅥ展でフリティツアヌム城前に設置したランド・マーク「ターミナル」。
ドクメンタⅥ展ではフリティツアヌム城内の小部屋に置かれた原口典之のオイルの作品と並んで、とても印象深かった。あるいは、アムステルダムの市立美術館のテラスから見た鉄板を組み合わせて立てられた同じようなセラの彫刻。
ドクメンタⅥ展ではフリティツアヌム城内の小部屋に置かれた原口典之のオイルの作品と並んで、とても印象深かった。あるいは、アムステルダムの市立美術館のテラスから見た鉄板を組み合わせて立てられた同じようなセラの彫刻。
セラの他のシリーズ「プロップ(支え)」も同じように、わたしたちの身体感覚に訴えかけてくる。
水本の「空間関係」よりももっと激しく身体感覚を揺すぶる。
水本の「空間関係」よりももっと激しく身体感覚を揺すぶる。
リチャード・セラ「ターミナル」カッセル、ドクメンタⅥ、フリティツアヌム城前
「空間関係」は、天から舞い降りてきた天女のような軽さと、さりげない日常的な束の間的な動きとを感じさせないだろうか。そして、軽さや束の間の一過性が、それとは逆の、不動の永遠として凍結されてしまったようにも見える。
そうだとしたら、唐突なようだが、わたしは、ジョルジュ・スーラの「シャユ踊り」を連想しないわけにはいかない。空間を巻き込む踊り子のスカート、それを支え、あるいはもたれかかるかのような画面左側の垂直の柱や手前の固い弦楽器奏者。日常の猥雑な動きと歓楽が、それとは正反対の永遠の中に封じこめられている。
「空間関係」とそこが似ていると思う。
「空間関係」とそこが似ていると思う。
ジョルジュ・スーラの「シャユ踊り」
ダイナミックな空間生成と身体感覚の喚起。
水本修二はこの二つによって彫刻のあらたなカタチを提示したのである。
今は、戦後、彼がそこで育った故郷、訓子府町で、土地の光を浴び、風に包まれて伸びやかに立っているような気がする。
「ダヴィデ」や「自由の女神」のようなモニュメントとしての意味がまったくないわけではないが、個人的なモニュメント性に限られている。しかし、訪れる人に、いわば、「からだ」で話しかけ、その前に立つ人と空間の豊かな広がりを共有しつづけるに違いない。
水本修二はこの二つによって彫刻のあらたなカタチを提示したのである。
今は、戦後、彼がそこで育った故郷、訓子府町で、土地の光を浴び、風に包まれて伸びやかに立っているような気がする。
「ダヴィデ」や「自由の女神」のようなモニュメントとしての意味がまったくないわけではないが、個人的なモニュメント性に限られている。しかし、訪れる人に、いわば、「からだ」で話しかけ、その前に立つ人と空間の豊かな広がりを共有しつづけるに違いない。
(はやみ たかし)
水本修二「空間関係」こどもの城での設置光景
注) 東京、青山の「こどもの城」解体にともない、設置されていた水本修二「空間関係」は、北海道北見市近郊の訓子府町レクレーション広場に移動設置されました。
訓子府町は水本が育った場所。
今年、10月28日の設置記念の除幕セレモニー、講演やシンポジウムに参加した武蔵野美術大学の伊藤誠さんから知らせていただきました。
伊藤さんと同じく、水本修二の武蔵美での教え子で彫刻家の細井篤さんを中心とした関係者の方々、訓子府町のみなさまなど、多くの方々の努力の結果です。
わたしは伊藤誠さんから送られてきた写真でしか訓子府町の展示の様子を、いまは、知ることはできません。
写真を見た限りでは「こどもの城」の頃の何かを遮っているといった風情とは違って、周囲の風景と溶けあっているように思われるのです。
10月28日、セレモニー後、文化芸術講演会・シンポジウム「芸術がひと・まちにあたえる力」が訓子府町公民館で開催されました。
●講演
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①講演「水本修二氏の彫刻界における功績と作品」講師
武蔵野美術大学講師 細井篤
②講演「芸術とひとづくり・まちづくり」
講師 武蔵野美術大学教授 伊藤誠
●シンポジウム
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武蔵野美術大学教授伊藤誠氏(彫刻家) 、小川研(北見市 画家)、大幹(町内
キルト・パッチワーク作家)、宮川真智(町内)、*コーディネーター=武蔵野美術大学講師・細井篤