2016年9月12日月曜日

呼吸をあわせるー根岸芳郎の絵画「16-5-14」2016年

第四十六回「呼吸をあわせる」

根岸芳郎 「16-5-142016年 アクリル キャンバス 220×370cm
「在る表現—その文脈と諏訪 松澤宥・宮坂了作・辰野登恵子・根岸芳郎」展(茅野市美術館)に展示

              根岸芳郎 「16-5-142016

演劇での優れた演技は、演技していることを感じさせない。演劇を見ているわたしが、同じ時間と空間を演技者と協奏してつくりだしている気分になる。
優れた絵画も同じではないだろうか。

茅野市美術館の高い天井の展示場には、根岸芳郎の絵画がよく似合う。1992年から2016年までの絵画が6点展示されていた。
今年制作の「16-5-14」の前に立つと、絵画のなかに、いつのまにか、静かにひきこまれていく。

奥行き方向でも横方向でも色彩のフィールドは切れ目なく連続している。5メートル程度離れて立つ。連続したフィールドが連なった絵画の全体がX型を繰り返して組み立てられていることがおぼろに見えてくる。
近づくにしたがって、X構造は見えなくなる。かわって、色彩のフィールドが揺れ始める。
50センチメートルまで接近すると、わたしの視野の中央と周縁の距離が広がって、瞬きするごとに視野が、奥行き方向でも横方向でも、収縮と拡張をし始める。思わず息をのむ気分に襲われる。いつもは意識していない呼吸を意識してしまう。
意識するのは一瞬だ。すぐにわたしは、いつもと同じように、自分が呼吸をしていることを忘れる。収縮と拡張の絵画の呼吸は徐々に緩やかになる。微風に揺れる樹木に囲まれているかのようだ。絵画に同調し、絵画と協奏する。わたしの時間と空間がゆっくり揺れ、絵画の前に立っていることさえも忘れてしまう。

浦上玉堂の「凍雲篩雪図」(川端康成記念館)を初めて見たときの気持ちを想いだす。

                浦上玉堂「凍雲篩雪図」

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの良く知られた彫刻「聖女テレジアの恍惚」のテレジアのような精神状態に陥っていたといってもいい。

             ベルニーニ「聖女テレジアの恍惚」

根岸芳郎の絵画は、呼吸を共有させ、いままで味わったことがない感情を経験させる。
いつまで見ても見飽きないとは、こうした根岸芳郎の絵画のことだ。見ていることさせ意識させなくなるのだから。
(はやみ たかし)

※次の展覧会から取材しました。

「在る表現—その文脈と諏訪 松澤宥・宮坂了作・辰野登恵子・根岸芳郎」展 茅野市美術館 201687日〜911